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特集記事

5月

2017/01/10

 

 旧校舎一階の廊下はいつもひんやりと冷たい。歩くと床板が軋み、何十年も放置された倉庫のような独特のカビ臭ささがする。

 季節は春、薄暗い灰色の廊下との対比のように、窓の外には北国の遅咲きの桜が絢爛に舞っていた。春は和菓子が美味しい季節、授業中に桜を使ったレシピを書き留めていたら意地の悪い国語教師にノートを取り上げられてしまったのはつい二時間前の話だ。「花より団子」より「花と団子」がいい。どうせそこに両方があるのなら、両方とも風情を味わってしまえばいいのにと思う。和菓子もいいけど、桜は洋菓子でも映える。ゼラチンに桜リキュールと、フランボワーズピュレを混ぜて冷やせば桜ゼリー。さらに下にレアチーズケーキなんて引いてみたらどうだろう?見た目も美しいし、春も楽しめる一挙両得の洋菓子の完成だ。そんなことに思案を巡らせるだけでも軽やかに胸が弾む。

 閑話休題。今年4月に入学し1ヶ月が過ぎた。出会いと別れの季節なんていう美しい比喩がある。咲き誇る桜のように輝かしい華の高校一年生。もしかしたらここで一生涯の親友ができるかもしれないし、生涯愛し抜けるような恋人ができるかもしれない。……なんて夢見がちな淡い期待に胸を膨らませるのが本来の新入生らしいのかもしれないけど、残念ながらそんな余韻に浸れるような余裕は今の自分にはないのが正直なところだ。

 

 行く先は旧校舎一階の最奥の教室、神社の裏側に位置する一つの教室は既に普通授業では使われていないらしい。だけどもそれ以外の用途では使われており、だからこそ今自分はそこへ向かってゆるやかに歩みを進めている。

 

 

 

 つい二週間前、とある部活動に入部した。

 

いや心持ちとしては「入部した」というよりは「入部させられた」というのが正しい気がしてる。

 

掃除当番の持ち回りで学校裏の神社のゴミ拾いをしていたら、怒涛に男二人が現れて、激しい部活動の勧誘を受けた。片方は少年のように目を輝かせながら常軌を逸したテンションで終始マシンガンのように詭弁を続けて、もう片方の長身の男は俺が逃げないように首根っこをがっちり拘束をしていた。それは一見してわかるように普通の部活動の勧誘の様子ではなく、大げさに熱弁を振るうマシンガン男の言葉はさながら怪しい宗教団体の勧誘のように思えたし、もう一人の男は「獲物を見つけた」と言わんばかりの悪どさを含んだ笑みを浮かべながら、終始、俺の首を断固として解放しようとはしなかった。しかも時間は掃除中、クラスメイトは遠巻きにこの異常事態を眺めるだけで決して助けようとはしない。自分と同じようにこの二人に恐怖を感じていたのだろう。津波のように投げかけられる言葉と、視線と、不自由と。さながら江戸時代の拷問、波打ち際に磔にされ、見せしめられているような気分だった。結局恐怖に弾圧される形で腰が抜け、涙が溢れ、泣く泣く入部届けにサインをすることになった。後で勧誘の理由を聞くと数合わせで入れたという、なんとも腑に落ちない回答。

 

 不本意だけれど、入部した事実は変わらない。半ば強制的に入部させられた部活動、やりたくない、入るだけで真面目に活動することない。わかっているはずなのに所属してしまったからにはしっかりやらなければならないという生来の融通の利かない優等生意識が膨らんできて、それと葛藤するのが次第に面倒になり、自由参加の日までこうして足を運んでしまっている。

 

 

 

 窓の外に目を向けると桜吹雪に混じって楽しそうに友人と下校する生徒の列が何組も見えた、ネクタイは青の色…自分と同じ新入生だ。それを見て大人しくクラスの人と一緒に帰ればよかったなぁ、と少しだけ後悔する。

 

 旧校舎は奥に進むにつれほとんど倉庫と化していて、自分の身の丈以上の高さまで使い古された机と椅子が積み上げられている。その麓を縫って歩いて影を落とした所に目的の一室があり、扉の横に立て掛けられた看板には達筆な文字で「叶倶楽部」と書かれていた。

 

 最初見たときは見知るタレントの苗字から連想し、官能的なニュアンスを感じたが、読みが違った。「叶(かなえ)」と読むらしい。なんとも胡散臭い部活名だけど、その活動内容も実を知れない。願いを叶える部だとかなんとか。

 

 扉の前で立ち止まり深く息をついて一呼吸置く、毎回この瞬間が何気なく憂鬱だ。自分が授業で当てられる前の緊張感や、注目されることへの恐怖に近い。俺の事には目を向けず、存在はしてるから放っておいてほしいという気持ちがいつもどこかにある。今までの人生で興味や話題の中心になることでいい思いをした思い出があまりなかった、勧誘の時然り。

 

 恐る恐ると引き戸を開くと、冷たい春の風がぶわりと体を撫ぜた。風にのって人の匂いがする。部室内へ見渡すと、外の景色が眺められるよう、窓際に机をおいて一人だけぽつんと男が座っていた。足元に色とりどりの紙くずが投げ捨てられており、全開の窓から吹き込む春風でこちら側へ紙くずが生き物のようにカサカサと床を這い、匍匐前進してくる。

 

 一人佇んでいたのはマシンガン男こと、吉原先輩だった。引き戸の音につられてこちらへと顔を向ける。

 

「お、明良じゃん?いらっしゃーい」

 

丸くて少し子供っぽさを残した瞳が親しげに細められる。

 

「…今日はお一人なんですか?」

 

「おう、今日は定例会ないからさ。それに今日、木曜だろ?直人は習い事いったし、文弥くんはそれについてって一緒に帰ったんじゃねぇかなぁ。あとはしらない。まぁ隣来てよ、ここグラウンドから遠くて静かでめちゃくちゃ寂しくてさ」

 

「あ、はい」

 

 言われた通り先輩の隣に向かおうと部室を見渡す。いつもは中央にグループ学習するかのように向かい合わせた机椅子を、わざわざ一つ窓際へ移動させたようだ。ワンペア分の机と椅子が抜けている。同じように机と椅子を窓際へと運ぶ。足元に転がる紙くずを踏まないように細心の注意を払いながら。色とりどりのそれは、よくよく見ると折り鶴だった。ただ、床に落ちたものはひしゃげた不恰好なものばかり。机を先輩の隣に並べて、足元に落ちた青色の鶴もどきを一つ拾い上げる。

 

 

 

「……これどうしたんですか」

 

「折り鶴、小学生の子のお願い」

 

一度言葉を区切って、作りかけの鶴を一度手放して窓を閉める。

 

「おばあちゃんが入院してんだって。千羽鶴を半分自分で折るから、半分だけどうにかしてほしいらしくて。でもよくわかんなくてさ、手伝ってもらおうと思ったの。でもみんないないし……こういうの苦手なんだよ。明良くん折れる?」

 

 

 

こちらを伺うように目を細める。

 

それは先輩特有の、子供が跳ねて走って転んで怪我をするようないつもの騒々しい口調ではなく、簡潔で自信のなさそうなひそやかなお願いだった。

 

 

 

「折れますよ、手伝いますか?」

 

「マジか、助かる!はいこれ」

 

先輩から色とりどりの紙の束を受け取り、それを机の上に置く。折り紙を折るなんていつぶりだろう。

 

習っていた日本舞踊の発表会で、来場した人にお礼として折り鶴を配布するという試みが一度あったのを思い出す。あの時は子供と先生とで百羽程の折り鶴を折った。折り方を覚えたのが嬉しくて、父親の誕生日プレゼントに折り鶴にして送ったこともあった、中に父親へのメッセージを書き留めて。結局あの折り鶴のメッセージに父親が気付いたかはわからない。後生大事に飾り棚に陳列されてるのを見ると気付いてはいないのだろうと思う。けれど大切にされることは決して悪い気はしないものだ。

 

 ささやかな風が頬を撫でるので、ふと窓の外へ目を向けると、芽吹いたばかりの若葉が日陰にささやかな黒を落としていた。そしてその奥には神社の朱色の建物が覗ける。

 

「ここから参拝する人、見えるんですね」

 

「そう、おんぼろ教室なんだけど神社見えるんだよね、いい感じでしょ?」

 

確かになかなかに風情があっていい景色だ。旧校舎の古めかしさにマッチをしていて、ここだけ昭和にタイムスリップしてしまったような錯覚すら感じさせる。そういう古風な雰囲気は嫌いではなかった。

 

「そうですね」と返すと先輩は俺の方に目を向ける。

 

「明良のこともここから見てたしね」

 

「え」

 

「もしかして今ドキっとした?あはは、こっから見て品定めしてたんだよね新入部員の」

 

「品定め……」

 

人を値踏みするような言葉をわざと使いながらも悪びれた態度は一切見せずに先輩は毒気なく笑う。

 

「7人いないとダメらしいから、この部活」

 

「そのルール、なんなんですか」

 

「なんだろうなぁ。俺が入った時には既にあったし、直人曰くその前からもあったらしい。でも選ばれし7人って感じでカッコイイからいいじゃん?七人衆・七福神・七人塚・七人童子・ラッキーセブン!こういうのってなんかロマンがあるだろ?」

 

「はぁ……」

 

ガッツポーズで熱弁を振るう姿は、勧誘時のテンションに近い。ちなみに七人塚は戦死した侍が弔われる話だし、七人童子に至っては人を指す言葉ではなく妖怪だ。俺達は晒し首でもないし、妖怪でもましてや神でもない。音の響きにつられて先輩が適当なことを言っているのがありありとわかる。

 

「でも、元々ここ男子校だし、俺みたいにロマンを感じてそういうルール作ったのかもなぁ」

 

そう一言だけ先輩は付け足して、しばらく各々の作業に従事した。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「ねぇ、ねぇ、明良」

 

5分ほど黙々と折り鶴を折っていたが、ふいに声をかけられる。

 

「なんですか?」

 

「ここどうやってやんの?」

 

先輩の手元には何度か折るのを試みたが上手くいかずにひしゃげた折り紙があった。

 

「え…っと見せてください」

 

折った部分を少し展開し、確認をする。そしてさらに展開、もう一つ折り目を広げる。

 

「全然折り方違うじゃないですか」

 

「あはは、一応本見ながらやったんだけどな、よくわかんないからそこは誤魔化しやっちゃった。上手く折れないから違うんだろうなーとは思ってた」

 

「やっちゃったって……」

 

いい加減、という言葉が脳裏を掠める。先輩の机には既に20羽くらいの不器用な折り鶴が並んでいた。このめちゃくちゃな折り方でよくこの形に整形できたと感心してしまう。前回の定例会から作業をしているとしたら、その他にも完成品があると予想できる。どうしてこの人はわからないのにここまで進めてしまったんだろうか……。床に落ちた鶴もどきの理由がわかった。正確な行程で作ってないからこそ、その分の廃棄が出る。こんな状態ではたして作業は進んでいるのだろうか。

 

「こんなの誤差だって」

 

「誤差じゃないです、入院したおばあちゃんに届けるんでしょう。しっかり折らないと意味がないじゃないですか」

 

「うーん……俺の気持ちはこもってるんだけど」

 

なんとなくで作ったものにはたして気持ちがこもっていると言えるのだろうか、甚だ疑問だった。釈然とせずに返す言葉も出ず首を捻る。

 

「わかった、わかった!これから頑張るから!」

 

「……ちなみにあとどのくらい必要なんですか?」

 

「えっと全部で500であとは450?」

 

案の定全然進んでいなかった。こちらの訝しむ表情を察知してか、慌てて頭を下げ、頭上でわざとらしくお祈りのように手を合わせる。

 

「いや!あのね、俺ほんとにこういうの苦手なんだよ。だからみんなに手伝って欲しくってさ!頼む、頼むよ神様仏様明良様っ!」

 

「も〜……わかりましたよ!俺、200羽やります、やりますから後の分はちゃんと先輩がどうにかしてくださいっ!」

 

「えっ!200もやってくれんの!?」

 

先輩は調子よく表情を明るくする。

 

「わー、ありがとう結婚しよう!」

 

「それは遠慮します!いいですか、一から教えるんでちゃんと覚えてくださいね」

 

殆どヤケクソだった。何かを作ることは別に嫌いじゃないし、いい加減なこの人に全てをやらせるよりは絶対に良いと思った。先輩の為じゃなくて、全てはおばあちゃん想いの健気な少年のためだ。

 

折りかけの折り紙を避けて、折り紙を一枚取り、1から先輩のスピードに合わせるように鶴を折っていく。

 

「先輩って……もうちょっとしっかりしてるのかと思ってました」

 

「えぇ、なんだそれ。俺そんな真面目に見える?いつもうるさいのに?」

 

「そうですけど…こうやって誰もいないのに作業してるところとか……結構真面目なんだなと思って、」

 

ちょっとだけ関心してました、という言葉は飲み込む。結局のところ現在進行形で呆れてしまっているし、言うとこの人はすぐに調子付いてしまいそうな気がした。先輩はうーんとわざとらしく首を捻る。

 

「自由参加の日に用もないのにここに来ちゃう明良くんも相当真面目だと思うけど」

 

「それは……、」

 

言い淀む。責任感でなんとなく来てるとはさすがに勧誘した張本人には言えなかった。

 

「俺はね、作業がしたいってよりみんないるかなーって思って来ただけだから、むしろ明良くん来てくれて超ラッキーだし。暇なときにここにくればなんとなく寂しくないじゃん?」

 

そういうものなんだろうか、未だその境地に達していない自分には分かり兼ねることだった。

 

返事をすることもできずにとりあえず先輩のペースに合わせて折り鶴を折っていく。先輩の手元の折り紙は端をしっかり合わせて折られていないのか、色のついた面の隙間から裏地の白の色がところどころに垣間見えてしまっていた。相当不器用なのが一目でわかる。行程を一々口に出して確認しながら一羽の折り鶴を折り上げた時、先輩はそれを高らかに掲げた。

 

 

 

「出来た!凄い、この折り方すげー楽だ!」

 

「むしろあの折り方でそれっぽく折れる方がすごいと思います」

 

「はは、すごいなぁ〜、器用なんだなぁ。天才だよ天才。可愛いのにこんなこともできるとか!」

 

「そんな大げさな……」

 

 

 

先輩は上機嫌だ。初めて折り鶴を作った子供みたいに目を輝かせて、もう一枚の折り紙へと手を伸ばす。

 

「こういうのどこで覚えんの?もしかして趣味とか?」

 

「これは…昔習ってた日本舞踊で作る機会があって、それを覚えてたんで…」

 

「日本舞踊ぉ?なんだそれ聞いてないぞ、明良くんってけっこーおぼっちゃま?」

 

「違いますよ、父の趣味でやってただけですから…」

 

「へー、すげぇなぁ」

 

先輩は素直に感心する。

 

「今はどういうことしてんの?」

 

「今は、そうですね…料理とかお菓子作りとかしてますね」

 

「女子力の塊かよ!」

 

言って大袈裟に勢いよく机に突っ伏す。この人大丈夫なんだろうか、テンションの波にイマイチ付いていくことができない。俺のノリが悪いのか不安になる。

 

「あーこの部活についに正統派ヒロインが……、俺もう一回一年生からやり直して来年の明良の後輩になろうかなぁ」

 

「それは……困ります」

 

「くそう……俺だって女装でこの部活を支えてたんだからな……。ヒロインの座は渡さないかんな」

 

そもそも狙っていない地位の話をされても困るし、先輩がヒロインだという話すら初耳だった。女装のこととか色々ちょっと突っ込みたい要素はあったが、面倒なことになりそうなので触れずにそのままにしておく。先輩の恨み言をスルーしていたら、諦めたのか勢い良く頭をあげてこちらを見る。物欲しげに期待を孕んだまん丸な瞳に、俺の影が映る。

 

 

 

「俺、明良くんが作ったお菓子食いたいなぁ。作ってって言ったら食べさせてもらえるもんなの?」

 

初めて投げかけられた質問だった。

 

「……誰かに食べさせたことはないんで、味は保証できませんけど、それでもいいなら」

 

「いいよ!全然っいい!」

 

椅子から立ち上がり大げさに肯定をする。あまりの勢いに呆気に取られてしまったが、先輩はにこにこと本当に嬉しそうだ。

 

「すげーなぁ、俺誰かに菓子貰うの母さん以外ないからちょっとテンション上がるわ」

 

先輩は饒舌に話を続ける。

 

「そうそうこないだ書いてもらったプロフ見たらさ、文弥くんは甘いものが好きらしいから」

 

「え、そうなんですか」

 

「うん、どんなの好きなんだろ?そこまではちょっと書いてなかったからわかんねぇけど、作ったら喜ぶんじゃねぇかな。あんまり話せてないだろ?直人にリサーチしとくか、文弥くんの好きなもん。明良くんはどんなものが作れるの?」

 

「えっ…えっと、洋菓子とか…ドライフルーツ使ったものが好きなのでパウンドケーキとか作ることは多いですね。でも、レシピがあれば一通りは……」

 

「すごいなぁ、パティシエとかなれそう」

 

まだ食べたわけではないのに先輩は勝手に想像して勝手に感動をして勝手に話を進めていく。どんどん高まる夢想にプレッシャーを感じながらも、内心凄くドキドキしていた。俺の作ったものを誰かに食べてもらうことを今までなかったから。一体何を作ればいいんだろう。自分な好きなものではなく、誰かの好むもの。みんなアレルギーや苦手なものはないんだろうか。美味しいと言って貰えるものってなんだろうか。

 

自分のためにお菓子を作る時よりも、次々と疑問が膨らんで来る。

 

 

 

「……食べたら感想とか、聞かせてくれますか?」

 

「もちろん!いつ作ってくれんの?あっ、先に文弥くんに聞いとこ、明日質問しとく!」

 

「わかりました、じゃあ作るのは山咲くんの好きなもので、来週には」

 

 

 

その疑問は輸入雑貨屋で新しく巡り合った香辛料のようにわくわくするもので、俺は少しだけ、次の部活動が楽しみになった。

 

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